
松橋 直也(まつはし なおや)
埼玉県出身。中高はバレーボール部。大学でテニスを始め、社会人になってからもテニスを続けたのち、約9年前にクロスミントンと出会う。金融機関でシステム関連の仕事に従事しながら競技を継続。国内大会で多数優勝、日本選手権優勝の実績を持つ。アジア選手権ではシングルス3位、ダブルス2位。世界選手権は2023年にベスト8。2025年ダブルス3位と世界トップクラス。
家庭、仕事、競技のすべてに真剣に向き合いながら、世界一を目指して挑戦を続けている。
普通の社会人が世界チャンピオンを目指す
世界チャンピオンを目指すアスリートという言葉から、幼い頃から突出した才能を持ち、早くから英才教育を受けてきた姿を想像する人もいるかもしれない。だが、クロスミントンの松橋直也は、自分のことを特別な人間だとは語らない。
子どもの頃から身体能力が飛び抜けていたわけではない。いわゆる天才型でもない。それでも今、松橋は世界の頂点を見据えている。理由は驚くほどシンプルだった。
この競技をプレーすることが、ただ楽しかった。負ければ悔しい。いいプレーができれば嬉しい。そんな当たり前の感情が、気づけば日々の練習を支え、世界に挑む原動力になっていった。
出会いは社会人 目標を失ったテニスからの転機
松橋のスポーツ遍歴はバレーボールから始まる。中高では部活動で汗を流し、大学でテニスを始めた。金融機関に就職し、社会人になってからもテニススクールや友人とのプレーでラケット競技を続けていた。
しかし社会人になると、部活動のように明確な目標や試合が定期的にあるわけではない。仕事が中心の生活になり、テニスに対しても次第に目標を描きにくくなっていった。
そんなとき、ふと新しいスポーツを始めたいと思った。どうせならマイナースポーツにも挑戦してみたい。ネットで探し、たどり着いたのがクロスミントンだった。
体験に参加した瞬間、迷いは消えた。楽しい。もっと上手くなりたい。その感覚がストレートに身体を動かした。
あの日、検索していなければ。何かないかな、と調べていなければ。松橋は今の生活に出会っていない。競技が人生を塗り替える瞬間が、そこにあった。
クロスミントンという競技 爽快感と精密さが同居する

クロスミントンは、ラケットを使うスポーツだ。
見た目はバドミントンに近いが、最大の違いはネットが存在しないことにある。
コートは正方形が二つ向かい合う形で設置され、プレーヤーは相手のコートに向かって専用のボールであるスピーダーを打ち込む。
このスピーダーは、シャトルのような形状をしているが先端に重りがあり、ボールとシャトルの中間のような性質を持つ。風の影響を受けにくく、スピードが非常に速いのが特徴だ。
ネットがないため、ノーバウンドで打ち合うことになり、打球の軌道に制限がない。
低く鋭く打ち込むこともできれば、高く浮かせて相手の位置を外すこともできる。
松橋が惹かれたのは、その全身を使える爽快感だった。
目の前にネットがないからこそ、思い切り走り、踏み込み、振り抜ける。
特にスマッシュを放つ瞬間の解放感は、他のラケットスポーツでは味わえない感覚だという。
一方で、豪快なだけの競技ではない。
コート間には距離があり、狙いすぎれば手前に落ち、わずかなズレで横に流れ、強く打ちすぎれば奥へ抜ける。
精密なコントロールと距離感が求められ、プレーすればするほど奥深さを実感する。
始めやすいが、突き詰めるほど難しい。
爽快感と繊細さが同居する点こそが、クロスミントンの最大の魅力だ。
初めての敗戦が火をつけた 週5〜6の練習へ
競技として初めて出場した大会で、松橋はシングルスもダブルスも予選敗退を経験した。
それでも、社会人になって初めて競技大会に出られたこと自体が楽しかった。だからこそ悔しさが残った。この悔しさを、次に変えたい。
そこから半年ほど、松橋は週5〜6の練習に没頭した。仕事が終われば練習へ向かう。平日も、土日も。気づけば、生活の中心にクロスミントンがあった。
練習場所は体育館が多い。ネットなどの設備がいらないため、距離さえ確保できれば成立する。クラブ単位の練習会もあれば、個人が体育館を予約して開く練習会もある。集まる人数は10人前後。人とつながり、場を探し、自分の成長につなげる。マイナー競技ならではの工夫が日常にある。
仕事が中心の毎日でも 練習は最高のリフレッシュ
松橋は金融機関でシステム関連の仕事をしている。仕事は仕事で真剣に向き合う。だからこそ、競技が効いてくる。
スポーツは切り替えになる。集中して汗をかけば、頭が整う。心身がリフレッシュされ、また仕事に戻れる。松橋にとって練習は、ただの趣味ではなく、生活を前に進める推進力だった。
社会人としての現実はある。今日はやめておこうと思う日もある。それでも続けられたのは、楽しいからだ。上手くなりたいからだ。大会で結果を出したいからだ。
シンプルな感情が、日々の選択を強くした。
海外の壁と自費遠征 それでも世界へ行きたくなった
2018年3月、競技開始から約1年で国内大会のミックスダブルス優勝を経験した。努力が形になる喜びを知った。
その2か月後、初めて海外の大会へ。舞台はハンガリー。ヨーロッパから強豪が集まるレベルの高い大会だった。
当時、日本はまだ海外に比べて経験値が足りなかった。勝てない。予選敗退。現実を突きつけられる。それでも松橋は引かなかった。むしろ、さらにのめり込んでいった。
遠征費は自費で、20万円以上。簡単に出せる金額ではない。だからこそ、世界へ向かう一歩には覚悟が要る。競技の熱量だけではなく、生活としての挑戦がそこにある。
2023年世界選手権ベスト8 観客が集まった一戦

世界選手権は2年に1回開催される最大の舞台だ。松橋は2019年の世界選手権で世界の空気を吸い、経験を積み重ねた。
そして2023年、チェコ開催の世界選手権でベスト8に進出する。松橋の記憶に最も強く残るのは、その勝ち上がりを決めた一戦だった。
激戦で時間が長引き、他のコートの試合が終わっていく。すると、観客が一つのコートに集まり始めた。何百人という視線が自分に向く。ポイントごとに空気が揺れる。
その中で、ぎりぎり勝ち切った。極限の緊張の先で、世界が少し近づいた瞬間だった。
家庭ができても挑戦は終わらない 限られた時間の中で

2023年7月に結婚。そして2025年には子どもが生まれ、生活は変わった。独身時代のように週5〜6で練習することは難しくなった。時間を作ることが、今の最大の課題だという。
それでも松橋は続ける。練習に行けるときは行く。その代わりに、妻が一人で出かける時間を作る。自分が子どもの面倒を見る。家庭の中でバランスを取りながら、挑戦を続けている。
趣味だから、と逃げる気はない。家庭、仕事、競技、すべて真剣に取り組む。だから毎日が充実する。松橋の言葉の裏には、生活そのものを戦っている実感がある。
国境を超える面白さ あの出会いが連れてきた世界

クロスミントンは競技として世界とつながっている。国際大会で熱戦を繰り広げたドイツ人選手から連絡がきて、ダブルスを組みたいと。その挑戦が面白い。
海外の選手が日本に来たときは一緒に食事をし、案内もする。競技を通して生まれる国際交流も、このスポーツの魅力だという。
あの日、検索していなければ。出会っていなければ。世界の友人も、遠征も、勝負の舞台も、今の自分の生活も存在しなかった。
一つの偶然が、人生の地図を塗り替えた。
世界一へ 体格差を超えるための挑戦
世界で勝つために必要なのは、技術と体力。その両方だと松橋は言う。試合のスケジュールはハードで、身体の強さが求められる。練習時間が減っても、走る、トレーニングするなどして土台を維持する。
海外のトップ選手は体格差が大きいことも多い。身長190cm級の選手もいる。パワーやリーチの差は現実として存在する。
それでも勝ちたい。だから工夫する。身体の使い方を磨き、技術でパワー差を補う。日本人として、普通の人として、差を超える挑戦を続ける。
引退を考えた日からもう一度 悔しさが背中を押した

実は松橋は、2025年の世界選手権を終えたとき、子どもの誕生を機に一度引退を考えていた。ダブルスで3位とついにメダルに手が届いた達成感、それと同じくらいに感じた「世界一になれなかった悔しさ」。
家庭があり、このレベルで続けるのは厳しい。現実を見れば当然の判断だった。
それでも、やめられなかった。負けた悔しさが強すぎた。まだ世界一を狙えるはずなのに。もどかしさが残った。
だから続けると決めた。家族に相談し、理解を得て、もう一度世界一を目指す。シングルスでもダブルスでも。来年の世界選手権を見据えて。
挑戦は、感情から始まる。悔しさは、次の扉を開く。
競技がくれた充実 真剣に生きる毎日
松橋直也は、特別な才能だけでここまで来たわけではない。楽しいから続けた。悔しいから練習した。嬉しいから、またやりたくなった。
社会人として働き、家庭を持ち、競技に挑む。簡単ではない。けれど、その全部に真剣であることが、日々を豊かにしている。
普通の人が世界チャンピオンを目指す。その挑戦は、誰かにとって遠い話ではない。たった一つの検索から始まった人生が、今日も前へ進んでいる。
