
藤野柊斗(ふじの しゅうと)
2004年生まれ。東洋大学在学。千葉県山岳・スポーツクライミング協会所属。
スピードジャパンカップ2025男子優勝、2026年3位。
2025年スピード種目日本代表。日本男子歴代2位4.91秒。
母恵夢カップ第6回スピードスターズ選手権大会2026優勝、4.99秒。
2026シーズン ワールドカップ出場予定。
齋藤蒼太(さいとう そうた)
2009年生まれ。高校2年。千葉県山岳・スポーツクライミング協会所属。
スピードユース日本選手権2025U-17男子優勝、2026U-19男子優勝。
世界ユース選手権2024 6位、2025 3位
スピードジャパンカップ2026 4位。
2026シーズン日本代表に初選出 アジア選手権、ワールドカップに出場予定。
妹の斎藤蒼那(中3)も、スピードユース日本選手権2026U-17女子優勝。

5秒という時間に、すべてが凝縮される競技

スタートの電子音が鳴る。
次の瞬間には、もう終わっている。
スピードクライミングは、15メートルの壁を駆け上がる競技だ。
トップレベルでは、5秒を切る世界。
現在の世界記録は4秒74。
その数字が示す通り、この競技は1000分の1秒の積み重ねで成り立っている。
観る者にとっては一瞬。
だが選手にとっては、その一瞬のために何年もの時間を費やしている。
速くなるということは、曖昧ではない。
すべてが数字で突きつけられる。
良かったも悪かったもない。
ただ、速いか遅いか。
そのシンプルさが、この競技の厳しさでもあり、魅力でもある。
東京五輪が変えた環境、千葉から生まれる競争
スピードクライミングは、東京五輪をきっかけに日本でも一気に環境が整備された。
千葉県立幕張総合高校に設置されたスピードウォールもその一つだ。
千葉県山岳・スポーツクライミング協会が管理し、トップ選手が集う拠点となっている。
同じルート。
同じ高さ。
同じ条件。
だからこそ、言い訳ができない。
速い選手の動きは、そのまま答えになる。
そして同時に、自分との差を突きつけられる。
この場所で、藤野柊斗と齋藤蒼太は日々向き合っている。
世界との差と、自分自身に。
藤野柊斗 世界基準で考えるという変化

藤野にとって、最初の転機は世界だった。
初めて出場したワールドカップ。
スタートに立った瞬間、身体が思うように動かなかった。
普段なら無意識にできる動作。
それが一つひとつ遅れる。
指先がずれる。
足の置き方が甘くなる。
そのわずかな誤差が、タイムとなって現れる。
気づいた時には、終わっていた。
通用しない。
その現実だけが残った。
だが、その経験が藤野を変えた。
なぜ速いのか。
どこが違うのか。
海外選手の動きを何度も見返す。
自分の動きと照らし合わせる。
フォーム、リズム、重心移動。
すべてを分解し、再構築していく。
その積み重ねが、結果に変わる。
2022年、世界大会優勝。
だが、その瞬間ですら冷静だった。
嬉しさよりも先に浮かんだのは、次の課題。
まだ速くなれる。
その感覚は、2026年になっても変わらない。
母恵夢カップで4.99秒。
5秒の壁を越えた。
だが、それはゴールではない。
世界では、4秒台後半に安定して入ることが求められる。
一度では意味がない。
どんな状況でも、そのタイムを出せるか。
藤野の思考は、完全に世界基準へと移っている。
速さの正体 脚力と再現性へのこだわり
スピードクライミングは腕の競技ではない。
決定的に重要なのは、脚力とスピード。
地面を蹴るように、壁を蹴る。
その連続で、上へと加速していく。
藤野は、陸上のトレーニングを取り入れる理由をこう考えている。
速く動く能力は、競技を超えて共通している。
実際に30mダッシュイベントで優勝。
4秒15というタイムを記録した。
壁でも地上でも、本質は同じ。
いかに無駄なく、速く動けるか。
そしてもう一つ、重要な要素がある。
再現性。
どれだけ速いタイムを出しても、再現できなければ意味がない。
予選は2本。
そのわずかなチャンスで、すべてを出し切る必要がある。
ミスは許されない。
そのプレッシャーの中で、自分の動きを再現できるか。
それが、トップレベルの条件になる。
齋藤蒼太 悔しさから始まった加速
齋藤の原点は、純粋な興味だった。
ショッピングモールのクライミングジム。
遊びとして始めた競技。
だがスピードと出会った瞬間、感覚は変わる。
タイムが伸びる。
数字が変わる。
その分かりやすさが、強く惹きつけた。
しかし現実は厳しい。
最初は15秒以上。
ただ登るだけで精一杯。
それでも、悔しさが残った。
もっと速くなりたい。
その感情が、すべてを動かした。
中学時代、速い先輩たちの存在。
追いつけるとは思っていなかった。
それでも、近づきたい。
その思いで、反復を続けた。
単調な練習。
同じ動きの繰り返し。
だが、ある時気づく。
身体が勝手に動く。
考えなくても、次の動作に入れる。
タイムが一気に縮まる瞬間だった。
世界で感じた差と、確かな手応え
初めての国際大会。
独特の緊張感。
観客、雰囲気、空気。
自分の登りができなかった。
だが2度目は違った。
何をすればいいか分かる。
どこに集中すればいいか分かる。
その差は大きい。
結果は世界ユース3位。
世界で戦えるという実感。
だが同時に、明確な課題も見えた。
後半の失速。
スピードを維持できない。
その原因を考える。
筋力か、持久力か、動きか。
感覚ではなく、分析する。
この冷静さが、齋藤の強さだ。
日本代表としてのスタートライン
2026シーズン、日本代表に初選出。
その名前は、日本のトップと並ぶ。
だが本人にとっては、通過点に過ぎない。
初めてのシニアの舞台。
世界のトップと同じスタートライン。
どこまで通用するのか。
不安がないわけではない。
だが、それ以上に楽しみがある。
自分の現在地を測れる場所。
その中で、何を残せるか。
目標は明確だ。
世界で戦う。
そして、勝つ。
二人が向き合うもの 数字では測れない領域

タイムはすべてを表す。
だが、その裏側にあるものは数字では測れない。
緊張。
迷い。
自信。
恐れ。
スタート前のわずかな時間に、それらが交錯する。
藤野は世界を知ったからこそ、冷静に自分を見つめる。
齋藤は成長の途中だからこそ、可能性を信じて踏み出す。
異なる立場。
だが同じ競技。
同じ壁に向かい、同じゴールを目指す。
その中で、互いが刺激となる。
挑戦は終わらない

5秒を切る。
世界で表彰台に立つ。
それは大きな成果だ。
だが、この競技に終わりはない。
次は4秒台中盤。
その先には、さらに速い世界。
藤野柊斗は、世界の頂点を狙う。
齋藤蒼太は、その背中を追い、やがて並ぶ。
千葉から世界へ。
その距離は、確実に縮まっている。
だが、まだ届いてはいない。
だからこそ、挑戦は続く。
0.1秒を削るために。
その先の景色を見るために。
二人は今日も、壁に向かう。
