星野成美(ほしの・なるみ)

小学1年生で一輪車に触れ、翌年には枡形一輪車クラブに入部。小学3年生の時、全国大会の団体演技に急きょ抜てきされ、競技としての一輪車の世界に足を踏み入れた。試合経験を重ねる中で着実に力を伸ばし、2019年には全国大会グループ部門で初優勝を達成。現在は公務員として勤務しながら、土日を中心に練習へ参加し、競技と仕事を両立しながらキャプテンとしてチームを牽引している。

佐藤光莉(さとう・ひかり)

小学校の休み時間に一輪車に親しんだことをきっかけに、体験教室を経て小学3年生で枡形一輪車クラブに入部。基礎から競技としての一輪車に取り組み、演技力と安定感を磨いてきた。2025年には出場した大会で複数の優勝を果たし、全国大会では総合優勝を経験。現在は大学生で、今春からは保育園で働く予定。競技を続けながら、次のステージへ向けた挑戦を始めている。

一輪車という華やかな団体競技に魅せられて

一輪車競技と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、公園や校庭での遊びかもしれない。
だが、初めて競技の演技を目にした人は、その印象を一瞬で覆される。

スピードに乗ってフロアを駆け抜け、ジャンプで宙を切り、回転しながら次の隊形へと移っていく。
音楽に合わせて展開される演技は、どこかフィギュアスケートを思わせるドラマ性を持つ。
ただし、足元にあるのは二枚刃ではなく、一本の車輪だけだ。

こぐことで生まれる加速は、歩行やダンスとはまったく違う迫力を生む。
そのスピードの中で技を決め、隊形を揃え、表現として成立させるには、精密な技術と集中力が求められる。
一瞬のバランスの崩れが、演技全体を左右することもある。

一輪車競技は、単なるバランスのスポーツではない。
スピード、技術、表現、そして団体としての完成度。
そのすべてが噛み合ったとき、一本の車輪の上に、ひとつの物語が立ち上がる。


川崎から全国へ 31年続く枡形一輪車クラブ

神奈川県川崎市多摩区を拠点に活動する枡形一輪車クラブは、31年の歴史を持つ。
幼稚園児から社会人まで、年齢も学校も違うメンバーが集い、一輪車演技を軸に活動を続けてきた。

在籍人数はおよそ30人。
全国大会や関東大会への出場を目標に、日々の練習は決して軽いものではない。
一方で、地域イベントや発表会にも参加し、一輪車の魅力を伝える活動にも力を注いでいる。

川崎市は全国的に見ても一輪車競技が盛んな地域だ。
複数のクラブが存在し、切磋琢磨する環境がある。
枡形一輪車クラブも、その中で結果を残し続けてきたチームのひとつだ。


憧れの先輩を追いかけて 星野成美の原点

星野成美が一輪車と出会ったのは、小学1年生の頃だった。
友達がやっていたことがきっかけで、自然な流れで乗り始めたという。

引っ越し前の地域では体験教室にも通っていた。
新しい土地に移ってからも、もう一度やりたいという気持ちは消えなかった。
母親が見つけてくれたのが、枡形一輪車クラブだった。

小学3年生の時、星野は全国大会の舞台に立つ。
小学生チームの人数が足りなくなり、急きょ演技に加わることになった。
技も十分にできない中で、必死に演技についていった。
結果は最下位に近かったという。

それでも、心が折れることはなかった。
小学4年生の時に目にしたのが、中学生以上のチームによる全国優勝だった。
その演技、その存在感に圧倒され、いつか自分もあの場所に立つと心に決めた。

だが現実は厳しい。
中学、高校、大学と、全国大会では4位から6位を行き来する時期が長く続いた。
優勝や準優勝に手が届くようになったのは、ここ数年のことだ。

転機となったのが2019年。
グループ部門で、星野は初めて全国優勝を経験する。
前年は6位。その差を生んだのは、技術以上に、チームとしての意識の変化だった。

衣装を揃え、手の位置を細かく決める。
先輩から後輩へ伝えるだけでなく、後輩からも意見が出るようになった。
どうすればもっと良くなるかを、全員で考えるようになった。

細部へのこだわりと、活発なコミュニケーション。
それが団結力となり、結果につながった。

現在、星野は公務員として働きながら競技を続けている。
平日は仕事があり、練習は土日中心。
チーム全体が週5回練習する中で、自分だけ参加できない時間があることに、もどかしさを感じることもある。

それでも続ける理由がある。
一輪車は、身体能力だけで決まる競技ではない。
練習すれば、その分だけ上手くなれる。
努力が結果に結びついた実感が、星野を支えてきた。

昨年の全国大会で総合優勝を果たした今、目標は二連覇だ。
そしてその先にあるのは、クラブを次の世代へつないでいくこと。
後輩を育て、三連覇、四連覇を狙えるチームをつくる。
キャプテンとしての挑戦は、勝ち続ける仕組みを残すことでもある。


攻める覚悟で掴んだ頂点 佐藤光莉の2025年

佐藤光莉が一輪車に親しみ始めたのは、学校の休み時間だった。
校庭に置かれた一輪車に乗り、公園では自転車が流行っていた。
そんな日常の中で、クラブに入っている友達から体験教室に誘われた。

小学1年生の頃にも一度体験したことがあったが、当時は弟が生まれたばかりで入部には至らなかった。
小学3年生で再び体験し、今度は迷わず入部を決めた。

最初は同年代の中でも上手い方ではなかった。
早く追いつきたいという思いで練習を重ねた。
小学生の頃は週5日練習があり、休日は1日6時間に及ぶこともあった。
それでも続けられたのは、純粋に楽しかったからだ。

2025年、佐藤にとって忘れられない一年となる。
関東大会、地区大会、全国大会。
出場した大会で次々と優勝を重ね、夏の全国大会では総合優勝を果たした。
ペア、ソロでも結果を残し、枡形一輪車クラブとしても歴史的な年になった。

その背景には、前年の悔しさがある。
部門では優勝しても、総合では届かなかった。
ミスを恐れるあまり、演技が守りに入っていた。

だからこそ、2025年は攻めた。
失敗を恐れず、持っている力をすべて出し切る。
演技を楽しむことを選んだ。

その姿勢が、安定感と表現力につながり、頂点へ導いた。

現在、佐藤は大学生で、春から保育園で働く予定だ。
就職後も競技を続けたいと考えている。
社会人になっても続ける先輩たちの姿が、背中を押してくれる。

副キャプテンとして見据えるのは、チーム全体の底上げだ。
小さい頃から技や表現を伝え、中学生以上のグループに上がってくる時点で高いレベルにある選手を増やす。
一人ひとりの成長が、次の優勝につながると信じている。


一本の車輪の上で続く挑戦

枡形一輪車クラブの強さは、派手な技だけではない。
細部まで磨き上げる姿勢と、攻める覚悟。
そして、世代を越えて受け継がれる挑戦の文化だ。

キャプテンとして二連覇を狙う星野成美。
社会人になっても現役であり続けようとする佐藤光莉。

一本の車輪の上で積み重ねられてきた31年の歴史は、いまも更新され続けている。


公益社団法人 日本一輪車協会

枡形一輪車クラブ

2025全日本一輪車競技大会 ペア・グループ演技部門 ダイジェスト