
石川颯光(いしかわ はやて)
2001年生まれ、神奈川県横浜市出身。
幼少期から中学までは野球、高校ではバレーボールを経験。
大学在学中にコーンホールと出会い、競技者・普及者として活動を開始。一般社団法人 日本コーンホール協会 アンバサダープレイヤー。
現在はキャンプメーカーに勤務しながら、愛知を拠点にコーンホールの普及と環境づくりに取り組んでいる。
プロ野球観戦が好きで、横浜DeNAベイスターズのファン。
バーベキューとともに根づいた文化

アメリカでは、ごく当たり前の光景がある。バーベキューの火を囲み、人が集まる場所には、自然と木製のボードが置かれている。穴の開いたその板に向かって、小さなバッグを投げ合うのだ。
コーンホールは、アメリカでは誰もが知る存在だ。特別な説明がなくても始められ、年齢や運動経験を問わず参加できる。家族行事や地域イベント、企業のパーティーでも、定番のエンターテインメントとして機能している。
一方で、プロリーグや賞金大会も存在し、トップレベルでは競技として確立されている側面もある。日本でもDAZNで競技を見ることができる。
遊びと競技が無理なく共存し、人が集まる空間そのものを成立させる文化。それが、コーンホールだ。
シンプルさの奥にある駆け引き
コーンホールは、ただ穴を狙って投げるだけの遊びではない。相手の進路を塞ぐためにバッグを置く判断や、すでにあるバッグを押し出す一投など、静かな駆け引きが随所に存在する。
派手な動きは少ない。しかし、一投ごとに意図があり、選択がある。カーリングに近い感覚と言えば分かりやすいだろう。うまさよりも、どこに投げるか。力よりも、どう展開を読むか。
この構造が、観る側にも考える余地を与え、エンターテインメントとしての奥行きを生んでいる。
日本にはまだ少ないスポーツとの距離感

日本では、スポーツは競技性を中心に語られることが多い。勝敗、実力、選抜。参加するには、ある程度の覚悟や準備が求められる場合も少なくない。
コーンホールは、その前提を持たない。まず参加し、楽しみ、必要であれば深く関わっていけばいい。この緩やかな入口は、日本にはまだ多くない感覚だ。だから、この文化を日本に持ち込み、生活の中に定着させようとしている人がいる。
石川颯光。2001年生まれ、神奈川県横浜市出身。
野球少年が感じた違和感
石川は幼少期からスポーツに親しんできた。小学校から中学校までは軟式野球に打ち込み、競技として真剣に取り組んでいた。
しかし、続ける中で違和感を覚えるようになる。努力や結果とは別の基準で、出場機会や立場が左右される現実だった。その文化を受け入れることができず、石川は野球から距離を置く決断をする。
スポーツそのものが嫌いになったわけではない。だから、高校ではバレーボールに挑戦した。
高校バレーで得たチームの経験
入部したバレーボール部は、決して強豪ではなかった。経験者も少なく、いわゆる弱小チームだった。それでも、同じ代の仲間たちと練習を重ね、石川は部長を務めるまでになる。結果として、チームは想像以上のところまで勝ち進んだ。
この経験は、石川にとって大きかった。個人の才能ではなく、環境と関係性が人を伸ばす。その実感が、後の活動の基盤となっていく。
大学で出会ったコーンホール

転機は大学時代。アメリカンバーベキュー店でのアルバイト中に、石川はコーンホールに出会う。最初は、業務の合間に軽く投げ合う程度だった。だが、場の空気が自然にほぐれ、人と人との距離が縮まる感覚に強く惹かれた。
その競技を日本に持ち帰ったのが、日澤準弥。アメリカでバーベキュー文化に触れ、料理人としての経験を持つ人物だ。日澤は日本コーンホール協会を立ち上げて精力的に活動を始め、石川もその活動に関わるようになる。
メディア出演、小学校での体験会、イベント運営。競技を広めるというより、文化を紹介する活動だった。
包摂性という価値
体育学部で障害者スポーツやレクリエーションを学んでいた石川にとって、コーンホールは理論と実践が一致する存在だった。距離を調整すれば、年齢や障害の有無を問わず同じ場で楽しめる。米軍基地での大会では、言語や国籍の壁も自然と越えていく。
競技が人を選ばない。その構造そのものに、石川は価値を見出していた。
愛知を拠点とした普及活動
就職を機に、石川は愛知へ移り住む。環境が変わっても、コーンホールへの取り組みは続いた。
支部を立ち上げ、自治体や教育委員会と連携。補助金を活用しながら活動を広げ、3月には愛知で初となる大会の開催も予定している。5年間の活動を通じ、全国的な認知が徐々に進んでいる手応えもある。
現在は、SNS運用やマーケティングを含め、継続的に触れられる仕組みづくりに注力している。
仕事と活動が交わる場所
石川は現在、キャンプメーカーに勤務している。アウトドアと親和性の高いコーンホールは、仕事とも結びついた。社内ではコーンホールが商品化され、石川自身も開発会議に参加。活動と仕事が交差する経験を得ている。
普及は、個人の情熱だけでは続かない。生活と接続することが重要だと、石川は考えている。
環境を整えるという視点
普及を進める中で、石川が課題として捉えたのが道具の存在だった。ボードは大型で重く、価格も高い。気軽に始めるには、ハードルが高かった。
そこで、地元の素材を活用し、ボードを3万円程度、バッグも半額ほどに抑える開発に取り組んでいる。文化は、環境が整って初めて広がる。その考えは、活動の随所に反映されている。
競技と文化の間に立つ
プレイヤーとしての目標は、世界大会への出場だ。日本代表として舞台に立ち、知名度を高めることも普及の一環だと捉えている。一方で、自身の役割は競技の最前線ではなく、広報や環境づくりにあるという自覚もある。
コーンホールは、勝つことだけを目的としないスポーツだ。
日常に新しい選択肢を

石川が目指しているのは、日本の教育や地域における選択肢を増やすことだ。競技に向き合う人もいれば、遊びとして関わる人がいてもいい。そのどちらもが、同じ場に存在できる。コーンホールは、その前提を持っている。
石川颯光は今、競技と文化の間に立ちながら、日本に合ったかたちを模索し続けている。

参考動画:American Cornhole League Youtubeチャンネルではハイレベルの競技を見ることができます
