安藤 輝明(あんどう・てるあき)

パデルプレイヤー

1998年千葉県出身。5歳からテニスを始め、学生時代を通じて競技に打ち込む。大学時代、偶然出会ったパデルに強く惹かれ、テニスから転向。現在は株式会社Nexusに所属し、パデル選手・コーチ・普及活動の三軸で活躍中。2024年、日本代表としてクウェートで開催されたアジア予選で活躍し、同年開催の全日本選手権で準優勝。日本代表入り、そして世界大会出場を目指し、日々鍛錬を重ねている。

空振りがすべてを変えた──「パデル」との出会い

「まさか、自分が“空振り”するとは思っていませんでした」

安藤輝明が初めてパデルラケットを握った日のことを、彼は今でも鮮明に覚えているという。

当時、彼は大学生。幼少期から続けてきたテニスの技術を生かし、コーチのアルバイトをしていた。ある日、施設に併設されていたパデルコートで、一人のコーチが何やら見慣れぬラケットスポーツを指導していた。その人物こそ、当時パデル日本代表としても活動する前田直也コーチだった。

「面白そうだなと思って、軽い気持ちでやってみたら、ラケットを振ってもボールが当たらなかった。ずっとやってきたテニスの感覚では通用しなかったんです」

その瞬間、彼の中の“負けず嫌い”が目を覚ました。「なんでできないんだ?」「これ、面白いぞ」と。

そこから、安藤はパデルにのめり込んでいくことになる。


戦略と技術のスポーツ──パデルの奥深い魅力

日本ではまだ知名度が高くないパデル。しかし、スペインやアルゼンチンでは国民的なスポーツとして親しまれており、特にスペインではサッカーを超える競技人口を誇るともいわれている。サッカー界のスーパースター、リオネル・メッシも愛好者として知られ、自宅に専用コートを持つほどだ。

パデルの特徴は「壁を使う」という点にある。テニスより一回り小さなコートは四方をガラスと金網で囲まれ、壁に跳ね返ったボールも打ち返すことができる。

「単純なパワーでは得点できないんです。むしろ、相手の心理を読む力、打つコース、タイミングの変化など、戦略と知性が求められるスポーツです」

安藤は、そんな奥深い競技性に魅せられた。週4日以上コートに通い、自分の中の「テニスの感覚」を削ぎ落としていく。地道な練習の日々は続いたが、それすらも楽しかったという。

「当たり前だと思っていた動きができないことが、こんなにも新鮮で、悔しくて、面白いなんて思わなかったです」


就職しない選択──パデルで生きていく覚悟

大学卒業が近づくにつれ、周囲の学生たちは就職活動に動き出していた。安藤も最初は“とりあえず”説明会に参加していたが、心の中には明確な答えがあった。

「やっぱり、自分はこれで生きていきたい。パデルをもっと知りたい、強くなりたい、広めたい」

就活はやめた。そして、パデル選手・コーチとしての道を歩むことを決めた。そんな彼を受け入れてくれたのが、現在所属する株式会社Nexusだった。

建材・資格・不動産などコンサルティング事業として展開している同社は、スポーツ部門としてパデルにも力を入れている。安藤はそこで選手としてだけでなく、コーチ・普及活動にも取り組み、多くの人と競技の楽しさを共有している。


コーチとしての顔──「できる喜び」を届ける現場で

パデルの魅力は、幅広い年代が楽しめる点にもある。安藤は日々のトレーニングと同じように、子どもから高齢者まで幅広い世代へのレッスンにも力を入れている。彼の指導を受ける高齢者の中には、「この年齢になって、こんなに夢中になれるスポーツに出会えるとは思わなかった」と笑顔を見せる人も多い。

「壁を使うことで反射的な動きが減って、じっくり構えられる。しかも、ラケットもボールも軽くて扱いやすい。だから年齢を問わず楽しめるんです」

一方で、子どもたちからは憧れの眼差しが注がれる。大会で活躍する姿や、難しい技術を見せたあとに「どうやってやるの?」と質問攻めにされることもしばしば。コートに立てば、子どもたちが自然と後ろをついてくる。

「うまく打てたときの笑顔って、本当にいいんですよね。教えることで、自分も気づきをもらえます」

彼の指導スタイルは明るく、テンポがよく、何より“できる喜び”を丁寧に伝えていくことにある。選手であると同時に、パデルの魅力を伝える“案内人”としての役割も果たしている。


全日本準優勝、──悔しさが育てる次のステップ

2024年、安藤は全国の頂点を決める「ダンロップ全日本パデル選手権」に出場。準決勝を勝ち抜き、ついに決勝の舞台へ。相手は前年王者・畠山成冴/ガゴ・マルティネス アシエル ペアだった。

「一時はマッチポイントまでいったんです。でも、逆転負け。勝てた試合だった分、悔しさは大きかった」

その一戦は、安藤にとってキャリアの分岐点になった。全日本準優勝 ── それは誇らしい結果であると同時に、越えるべき壁をはっきりと見せつけられた試合でもあった。

「次は絶対に勝つ。そのために、もっと高いレベルの相手と試合をしないといけない」

現在は引き続き2025年度の日本代表入りを目指し、さらなる強化を進めている。代表の枠は男女8名ずつという狭き門だが、突破すればアジア予選、そして世界大会が待っている。

「いずれはスペインへ一定期間渡航し、本場で学びたい。自分自身がどこまで通用するのか試したいんです」


パデルを「文化」に──広がるビジョンと未来への挑戦

安藤は今、選手としてもコーチとしても日々の活動に全力を注いでいる。子どもたちにとっては憧れの存在として、大人にとっては「この年で新しいスポーツができるんだ」と驚きと感動を届ける存在として。

「この競技は遊びとしても本当に楽しい。でも、競技として突き詰めると、とてつもなく深い。だからこそ、もっと多くの人に“競技としての面白さ”も知ってもらいたい」

自身の挑戦は、決して“自分のためだけ”ではない。日本におけるパデルの文化的地位を高め、より多くの選手が世界を目指せる環境をつくること。それが安藤輝明のビジョンであり、使命だ。

「挑戦し続ける姿が、誰かの背中を押すきっかけになれば。そう思って、これからも全力でプレーし続けます」


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