辻野 勝巳(つじの・かつみ)

2000年生まれ、埼玉県出身。高校までサッカーに打ち込み、大学入学後にラクロスを始める。未経験から競技を始めながら大学では関東ベスト4入りに貢献。卒業後は男子社会人クラブGRIZZLIESへ加入し、国内トップレベルのディフェンダーとして活躍する。世界の舞台を見据えて競技力を磨く一方、ラクロス界全体の発展や普及にも強い思いを持ち、挑戦を続けている。

新しい挑戦が日本ラクロス界を動かした

スポーツの世界には、長い年月をかけて築かれた歴史がある。それは文化であり伝統でもあるが、新しい挑戦を受け入れにくい世界でもある。男子社会人ラクロス界も例外ではなかった。長年、限られた強豪クラブが頂点を争い、その牙城は簡単には崩れなかった。

そこに風穴を開けようと、2021年に創設されたのがGRIZZLIESである。まだ若いクラブだが、掲げたのは単なる優勝ではなかった。新しい選手が挑戦できる場所をつくること。固定化された構図を変え、日本ラクロス界全体を活性化させること。その理念に共感した若い選手たちが集まり、一歩ずつ歩みを進めてきた。

辻野勝巳もその一人だ。大学卒業後、選択肢はいくつもあったが、GRIZZLIESを選んだ理由は明確だった。勝てるチームだからではなく、挑戦するクラブだったからだ。創設から積み重ねてきた努力を知り、その歴史を自分たちの世代でさらに前へ進めたい。そう思って加入した。

加入初年度、クラブは悲願だった国内の頂点に立つ。結果だけを見れば順風満帆に映るが、その裏には創設当初から積み重ねてきた数え切れない努力があった。優勝はゴールではなく、日本ラクロス界をさらに前へ進めるための新たなスタートだった。


一本のスティックとの出会いが人生を変えた

高校まで打ち込んでいた競技はサッカーだった。幼い頃からボールを追いかけ、競技に明け暮れる日々を過ごしてきた。大学でも続ける道はあったが、新しい競技に挑戦してみたいという気持ちが勝った。

体験会で初めてラクロスのスティックを握る。最初はうまくボールを投げることもできなかった。それでも、スティックのポケットにボールが収まり、思い通りに投げられた瞬間の感覚が忘れられなかったという。

サッカーにはない道具を操る面白さ。ボールを自在に扱えるようになる喜び。そして、ほとんどの選手が大学から競技を始めるという環境も大きかった。経験者が少ないぶん、努力が成長に直結する。その魅力に一気に引き込まれた。

大学生活の始まりとともに始めたラクロス。まさかその一本のスティックが自分の人生を大きく変えることになるとは、この時はまだ想像していなかった。


未経験だからこそ努力が結果につながった

ラクロスは日本では珍しく、多くの選手が大学から競技を始めるスポーツだ。幼少期から経験している選手との差が小さく、自分の努力がそのまま成長として表れやすい。

辻野は誰よりもスティックを握り続けた。練習を重ね、技術を磨き、少しでも上達したいという思いで毎日を過ごした。その積み重ねは結果にも表れ、大学1年生からリーグ戦に出場。4年生ではチームを過去最高となる関東ベスト4へ導いた。

もちろん順風満帆ではなかった。思うようにプレーできない日も、自信を失う試合もあった。それでも、未経験だからこそ伸びしろは無限にあると信じて努力を続けた。競技を始めた時に感じた楽しさは、大学生活の終わりまで変わらなかった。しかし、社会人の舞台へ進んだ時、その自信は新たな壁にぶつかることになる。

社会人で知った本当の実力

大学時代は、ディフェンスに自信があった。相手を止めること、一対一で負けないこと。それが自分の武器だと思っていた。しかし、社会人で国内トップレベルの選手たちと対戦した瞬間、その自信は大きく揺らぐ。

相手のパスは速く、判断に迷いがない。フィジカルも一段階上だった。学生時代なら対応できていたプレーが止められず、読み切ったと思っても一歩先を選択される。そこで初めて、自分はまだ何も分かっていなかったことに気づいたという。

ディフェンスは一から見直した。相手だけを見るのではなく、味方との距離や攻撃全体の流れを読み、一つ先を予測しながらプレーする。日々の練習でも、小さな改善を積み重ねていった。世界を目指すうえで重要なのは、劇的な成長よりも小さな積み重ねを続けることだと、今は実感している。

世界との差は基礎の完成度にあった

世界トップレベルの相手と対戦した時、最も印象に残ったのは派手なプレーではなく、基本技術だった。速く正確なパス、確実なキャッチ、状況に応じた判断。そのすべてを、高い精度で当たり前のように繰り返していた。

学生時代は、決められた形の中でプレーすることが多い。しかし世界は違う。目の前で起きている状況を瞬時に読み取り、自分たちで最善の選択を生み出していく。一人ひとりが考えながらプレーしている。その差は想像以上に大きかった。

だからこそ、海外へ挑戦する選手がもっと増えてほしいと辻野は話す。世界を経験した選手が国内へ戻り、その経験を仲間へ伝えていく。その積み重ねが、日本ラクロス界全体の成長につながると信じている。

ラクロス界全体をもっと前へ

辻野が見据えているのは、自分自身の成長だけではない。ラクロスという競技そのものの未来である。

現在、日本では大学から始めるスポーツという印象が強い。それはラクロスの魅力でもある。未経験からでも挑戦でき、努力がそのまま成長につながる。そんなスポーツは決して多くない。一方で、世界と肩を並べるためには、子どもの頃から競技に触れられる環境も必要だと感じている。競技人口が増え、幼い世代が憧れを持つ。その積み重ねが競技全体のレベルを押し上げる。自分たちが高いレベルのプレーを見せ続けることにも意味がある。

GRIZZLIESというクラブも、その役割を担っている。新しいクラブだからこそできる挑戦があり、若い選手が思い切って挑戦できる環境がある。その輪が広がれば、日本ラクロス界全体も変わっていくはずだ。

挑戦は未来へ続いていく

現在の目標は、世界大会で結果を残すこと。そして2028年に向けて、世界最高峰の舞台へ近づくこと。もちろん、GRIZZLIESでも再び国内の頂点を目指す。しかし、辻野が本当に実現したいのは、自分一人の成功ではなく、日本ラクロス界全体が前へ進む未来である。

大学で偶然手にした一本のスティックが、人生を変えた。未経験から競技を始め、国内最高峰の舞台へ。そして世界との差を知り、さらに挑戦を続ける。その歩みは決して平坦ではなかったが、自ら選んだ道を信じて、一歩ずつ前へ進んできた。

競技の未来は、一人の力だけで変えられるものではない。だが、一人ひとりの挑戦が重なれば、新しい景色は必ず生まれる。GRIZZLIESが新しい歴史を築こうとしているように、世界との差を埋めようと努力を続ける選手たちがいるように。辻野勝巳の挑戦は、自身の成長にとどまらず、日本ラクロス界の未来へとつながっている。そして、その挑戦はこれからも続いていく。

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