
神谷俊介(かみや・しゅんすけ)
東京都出身。連珠名人。2019年・2025年世界選手権銅メダル。世界ランキング1位(2025年1月31日現在)。IT企業でデータサイエンティストとして勤務する傍ら、日本を代表する棋士として世界の舞台で戦い続ける。論理性と思考の深さを兼ね備えた、緻密な打ち回しが持ち味。
汪清清(わん・しんしん)
中国出身。2023年・2025年女流世界選手権優勝。世界ランキング女性1位(2025年1月31日現在)。10代で中国全国大会の女性部門を制した。2019年に来日。2025年、女性として初めて名人戦の挑戦権を獲得し、夫・神谷名人との夫婦対決を実現させた。
世界中で親しまれている五目並べを競技化したマインドスポーツ、連珠。
その日本の頂点に立つ神谷俊介名人と、中国出身の強豪棋士であり、人生のパートナーでもある汪清清。
盤上では一切の妥協を許さず、日常では同じ時間を生きる二人。
この物語は、単なる夫婦の挑戦譚ではない。
日本の連珠を、再び世界の中心へ押し上げようとする意志の記録でもある。
連珠とはどんな競技か
五目並べとの違い
連珠は、誰もが一度は遊んだことのある五目並べを、競技として成立させるために整えられた頭脳スポーツだ。
盤の大きさは15×15。黒と白が交互に石を置き、縦・横・斜めのいずれかに5つ並べた方が勝ちとなる。
一見すると五目並べと同じだが、最大の特徴は、先手である黒にだけ課される禁じ手の存在にある。
黒は
一手で二つの三を同時に作る三三
一手で二つの四を同時に作る四四
六つ以上を並べてしまう長連
これらを打つと、その瞬間に負けとなる。
先手が圧倒的に有利にならないよう、あえて制約を課す。
その不自由さこそが、連珠を数十手先までを読み切る知略の格闘技へと進化させた。
遊びの先で見つけた、一生を懸ける価値

神谷俊介が連珠と出会ったのは、中学生の頃だった。
きっかけは、オンラインゲームの中にあった五目並べ。
最初は、ただの遊びだった。
だが、ネットの向こうには、自分とは次元の違う強者たちがいた。
もっと強い人がいる。
その事実を知った瞬間、神谷の中で五目並べは、人生を懸けるに値する競技へと変わった。
一方、中国では汪清清が、まったく異なる環境で同じ盤に向き合っていた。
10歳で従兄に教わり、楽しかった記憶を基に勉強を重ね、18歳で中国全国大会を制する。
だが、中国の連珠界はプロの世界だった。
結果がすべて。勝てなければ居場所はない。
その重圧のなかで、汪は一度、競技から心が離れかけた。
世界大会がつないだ縁

競技者から人生のパートナーへ
二人が最初に出会ったのは2015年、ロシアで開催された世界選手権だった。
当時、汪から見た神谷は、気遣いのできる坊やという印象だったという。
一方の神谷にとって、汪は元気でよく話す快活なお姉さんに見えた。
転機は2018年、中国での国際大会。
異国の地で自然に周囲を気遣う汪の姿に、神谷は強く惹かれていく。
2019年、エストニアでの世界大会を経て交際が始まり、
二人は2022年に結婚した。
競技を続けること、人生を共にすること。
その両方を同時に考えられる相手だと、互いに確信した選択だった。
業務の最適化と盤上の読みは、同じ思考にある
神谷は大学で組合せ最適化を学び、現在はデータサイエンティストとして物流ルートの効率化などを担っている。
制約条件の中で、最善を探す。
その思考は、連珠そのものだ。
黒には禁じ手があり、自由には打てない。
だが、だからこそ勝ち筋を見つけたときの手応えがある。
仕事があるからこそ、限られた時間でどう強くなるかを考え続ける。
その積み重ねが、2022年に1勝4分という極限の接戦を制して初めて名人位を獲得する力となり、現在の盤石な防衛にもつながっている。
世界選手権で起きた奇跡

日本ありと示した一局
2025年、世界選手権。
大会終盤、優勝争いは異常なほどの混戦となっていた。
神谷にとってオンラインゲームを楽しんでいた頃からの盟友である中山九段が、最終局を勝利で終え、結果を待っていた。
優勝の行方は、神谷俊介の一局に委ねられていた。
相手は、勝てば優勝が確定する中国のトップ選手。
神谷が勝てば、その選手の順位が落ち、中山に逆転優勝の可能性が生まれる。
神谷は理解していた。
この一局は、自分のためだけの勝負ではない。
日本の連珠を、世界に示すための一局だと。
そして神谷は、その中国選手を破った。
結果、上位4人が同点で並ぶ大混戦の末、
中山九段は28年ぶりとなる日本人世界選手権優勝を成し遂げる。
神谷自身が優勝したわけではない。
だが、その一局は確かに、日本の勝利だった。
世界に、日本あり。
盤上で示した瞬間だった。
夫婦で迎えた名人戦
勝負と感情の境界線
同じ2025年、汪清清が名人戦予選を勝ち抜き、挑戦者として神谷名人と向き合う。
史上初となる夫婦での名人戦。
競技者としては当然の舞台。
だが、人生のパートナーとして向き合うには、特別な時間だった。
負けず嫌いな汪は、負けた夜、悔しくて口もきけないこともあった。
それでも二人は、盤を離れ、同じ食卓に戻る。
結婚という選択は、競技を終わらせるものではなく、
続けるための基盤だった。
勝ち負けを日常に持ち込まないための工夫
普段の練習では、三連という独自ルールを設けている。
必ず3局で終え、3対0のときのみ勝ちとする。それ以外は引き分け。
朝、スターバックスで早打ちをすることも多い。
以前は勝つまで続け、感情が一日を支配してしまうこともあった。
連珠を続けるために必要だったのは、強さだけではなかった。
日常と勝負を切り離すこと。
夫婦としての公平感を守ること。
そのバランスを、二人は盤の外で学んでいった。
スマホから始まる知の勝負
連珠が開いている入口
神谷の競技人生は、特別な英才教育から始まったわけではない。
入口は、ごく身近な場所にあった。
オンラインゲームの中の五目並べ。
そこで強い相手に出会い、もっと強くなりたいと思った。
この構造はいまも変わらない。
連珠は、スマホアプリやオンライン対局を通じて、誰でも気軽に始められる。
そして、その先にはリアルな場がある。
日本各地には連珠会があり、小学生から社会人、シニアまで、
世代を超えて同じ盤を囲み、知の勝負を楽しんでいる。
年齢も、体格も関係ない。
純粋に考え、読み、打つ。
連珠は、知で競い合う世界を、誰にでも開いている。
日本の連珠を、もう一度世界の中心へ
神谷が目指しているのは、個人の栄冠ではない。
連珠を、日本のお家芸だと世界に認めさせること。
仕事を持ちながら、情熱だけで世界と戦う。
その姿勢こそが、日本の連珠の強さだと信じている。
盤上の知略と、日常の愛。
その両方を抱えながら、神谷俊介と汪清清は歩み続ける。
勝つことだけが最適解ではない。
文化として誇れるものを、次の世代へ手渡すこと。
それもまた、知の最適解なのかもしれない。
