
仲松 秀樹(なかまつ ひでき)
1973年東京都生まれ。自らもトラックに乗って現場を経験しながら、住宅建材配送に特化するなど業務効率化と働き方改革を推進。社員の挑戦を支える企業文化の醸成に力を入れ、現在は「アスリート採用」制度を導入。競技と仕事の両立支援を通じて、新しい雇用のかたちを模索している。
「続かない」と思って辞めた会社だった
仲松秀樹が父の経営する大松運輸に入ったのは、専門学校を卒業してしばらく経ってからのことだった。建築資材などを運ぶトラックが会社の象徴だったが、その頃の彼にとって、運送業は魅力的な仕事ではなかった。
「とにかくキツい、汚い、危ない。トラックに乗って汗を流している父たちの姿は、どこか時代に取り残されているように見えたんです」
最初は外の会社に就職し、まったく別の道を歩んでいた。しかし、父からの「手伝ってくれないか」という言葉を受けて入社。トラックに乗り、荷物を運び、現場を回った。
だが、続かなかった。
「このまま続けても未来が見えない」と思い、退職。自分には経営など無理だと距離を置いた。
サラリーマンとして安定し、やりがいもある。職場近くの埼玉にマイホームも購入した。けれど時が経ち、再び父から声がかかる。今度は会社を継ぐ覚悟を問う声だった。
「正直、迷いました。でも、“変えられるならやってみたい”という気持ちが、少しずつ強くなっていったんです」
トラックに乗って見えた、現実と課題
再び大松運輸に戻り、まず仲松が選んだのは「現場に入ること」だった。ドライバーとして自らハンドルを握り、現場の空気を肌で感じた。
「思っていた以上に厳しい世界でした。時間も不規則だし、体力的にも過酷。正直、このままじゃ採用なんてうまくいかないと感じました」
彼が感じたのは、業界全体が抱える“未来のなさ”だった。それは、彼が一度辞めた理由でもある。
だからこそ、「同じ理由で人が辞めない会社にしたい」と思った。
建築資材に特化──“やらない”を選んだ経営判断

仲松がまず行ったのは、事業の“絞り込み”だった。
「運送会社って、何でも運ぶイメージがある。でも、それでは非効率だし、専門性も育たない」
父の代から得意としてきた住宅建材の分野に特化することで、荷の特性に合わせた最適な配送体制を整備。ドライバーの勤務時間や休日など環境も徐々に改善。
WebサイトやSNSでの情報発信にも注力し、顧客からの“指名依頼”が入るように。
「うちは“何でも屋”ではありません。建材配送に関してはどこにも負けない、という会社にしました」
得意分野を活かしながら、自社のカラーを明確に打ち出していった。
働きながら夢を追う──アスリート採用という挑戦

仲松が「アスリート採用」という取り組みに着手したのは、単なる話題性やCSR活動の一環ではなかった。背景には、現場で働く社員のひとり──かつてJリーグでプレーしていた人物の存在がある。
「その彼が話してくれたんです。“競技を続けたい気持ちはあったけど、生活のために引退せざるを得なかった”って。プロ契約じゃない選手は、どうしても働きながら競技をしなきゃいけない。でもその“働く場所”が見つからないんですよ」
多くのマイナースポーツやセミプロの世界では、競技だけで生活していくのは難しい。日本においては、特にプロ野球や男子サッカーなどごく一部の競技以外でこの傾向は顕著だ。
仲松は、こう考えた。
「じゃあ、うちが“その場所”になればいいんじゃないか?」
その発想から始まったのが、アスリート採用だ。
当初は試行錯誤の連続だった。勤務時間、給与体系、保険や福利厚生──競技の特性ごとに必要な柔軟性は異なり、制度の整備には時間がかかった。
現在は、試合や遠征、トレーニングスケジュールに合わせて働き方を個別に設計。もちろん社会保険や賞与などは通常の社員と同じように適用され、アスリート本人が安心して生活基盤を整えられ、競技に取り組めるよう工夫されている。
「収入面の不安が減ると、選手は“競技に集中できる”。それって、すごく大きなことなんですよ」
今までに、サッカー、ボクシング、自転車、アメリカンフットボールなど、実に多様な競技の選手たちが在籍。現在も18名がアスリート社員として勤務している。
さらに印象的なのは、社内の雰囲気の変化だ。
「アスリートがいることで、周囲も自然と“応援する空気”になるんです。社内で“今週試合なんだって?”みたいな声が飛び交ったり、社員が選手のSNSをフォローしたり。応援が文化になる。これはすごくポジティブな影響でした」
ある意味で、アスリートたちは“大松運輸の希望”でもある。どんな過酷な世界でも、諦めずに挑戦し続けるその姿は、全社員にとってもモチベーションになっている。
「僕たちは、ただ働き口を提供してるわけじゃない。人生の“挑戦を諦めなくていい場所”を提供してる。そう思っています」
アスリートのキャリアは、いつか終わる。でも、終わってからも続いていく人生の中で、「あの会社があったから自分は挑戦できた」と思ってもらえること──それこそが、仲松秀樹にとっての誇りであり、大松運輸という企業の本質でもある。
支えることが、挑戦になる時代へ

仲松にとって、経営とは“自分が挑戦する”こと以上に、“誰かの挑戦を支える”ことに意味がある。
かつて、自分が「続けられない」と思って辞めた会社。戻ってきたとき、変えようと決めたその原点には、“続けられる場所”をつくりたいという強い願いがあった。
「運送業も、建設業も、アスリートのキャリアも、全部“続けるのが難しい”と言われがちな世界。だったら、うちが“続けられる場所”を作る。それが、僕の挑戦です」
大松運輸と大松ホームサービス。2つの会社が生み出す“運ぶ・つくる・支える”の価値。
それは、ただの物流ではない。「人の人生に寄り添う」物流だ。