
笹壁 和佳奈(ささかべ・わかな)
1995年生まれ、大阪府出身
ビーチコーフボール日本代表
一般社団法人 日本コーフボール協会 理事(ビーチコーフボール担当)
ミューラージャパン株式会社 マーケティング部所属
武庫川女子大学 健康・スポーツ科学部卒
大阪体育大学大学院 修士課程修了
高校時代に前十字靭帯断裂を2度、大学在学中に3度目を経験。
怪我をきっかけにスポーツ科学、特にバイオメカニクスを専攻し、怪我予防と身体の使い方を研究。
現在は競技者として世界に挑戦しながら、ビーチコーフボールの普及・大会運営にも携わっている。
怪我を知った。競技人生を変えた前十字靭帯断裂
笹壁和佳奈の原点には、怪我がある。
高校時代、ハンドボールの試合中に前十字靭帯を断裂した。
切り返しの瞬間、膝がずれるような感覚が走り、力が入らなくなる。
復帰後、再び断裂。今度は反対の脚だった。
競技から離れる時間、長いリハビリ。
だが笹壁にとって何より辛かったのは、自分が怪我をすることでチームに迷惑をかけてしまう現実だった。
7人制のハンドボールで、同学年のプレーヤーはわずか3人。
自分が抜ければ、チームはさらに厳しくなる。
試合に出られない悔しさ以上に、責任を果たせないもどかしさが残った。
大学進学後も、体操の授業中の着地で3度目の前十字靭帯断裂。
なぜ、ここまで怪我を繰り返すのか。
その問いが、次の選択へとつながっていく。
怪我の理由を知りたくて、スポーツ科学を学んだ
答えを求め、笹壁はスポーツ科学の道を選んだ。
武庫川女子大学 健康・スポーツ科学部で学び、大阪体育大学大学院へ進学。修士課程修了後は、研究室の助手として研究・教育・指導に携わった。
専門はバイオメカニクス。
身体にかかる力を数値化し、動作を分析する分野だ。
着地の衝撃はどこに集中しているのか。
筋肉はどのタイミングで働いているのか。
怪我につながる動きとは何か。
研究を重ねる中で、前十字靭帯断裂は偶然ではないことを知る。
骨格、筋力、柔軟性、動作の癖、ブレーキのかけ方。
さらに女性特有の要因や遺伝的背景も関係している。
知っていれば、防げたかもしれない。
だからこそ、怪我をする前に知ってほしい。
その思いが、笹壁の行動の軸になっていった。
怪我のないスポーツのために選んだ仕事 ミューラージャパン

大学院修了後、笹壁が選んだのがミューラージャパン株式会社だった。
ミューラージャパンは、ミューラー・スポーツ・メディスン社(米国ウィスコンシン州)の100%出資による日本法人。
ミューラー・スポーツ・メディスン社は、北米、日本、ヨーロッパ、中南米、ロシアなど世界110ヵ国でスポーツケア製品を製造・販売するグローバル企業だ。
テーピングやサポーターといった、アスリートのパフォーマンスを高め、怪我を防ぐ製品。
さらに近年は、リカバリーケア用品など、競技後の回復を支えるプロダクトも幅広く展開している。
現在、笹壁はマーケティング部に所属し、主にデジタル領域を担当。
オンラインを通じて、どうすれば必要な人に正しく製品を届けられるかを考えている。
スポーツ科学で培った身体への理解は、仕事に直結している。
現場を知っているからこそ、製品が使われる場面や意味を具体的に想像できる。
仕事を選び、生活が変わったからこそ出会えた競技
研究者時代は、研究・授業・指導に追われる日々だった。
仕事と生活の境界は曖昧で、常に何かを考え続けていた。
ミューラージャパンに入社し、初めて「仕事が終われば自分の時間がある」生活を知る。
週末が2日あることに、正直驚いたという。
その余白の時間が、新しい出会いを生んだ。
横浜で暮らし始めた頃、大学時代の友人から声をかけられた。
東京でコーフボールをしているから、よかったら来てみないか。
探していたわけではない。ただ、誘われたから行ってみた。
その一歩が、人生を変えた。
コーフボールを知り、プレーする意味を見つけた
初めて触れたコーフボールは、不思議な感覚の競技だった。
ゴールは高く、シュートは簡単に入らない。
外しても責められない空気がある。
ドリブルはなく、ボールを持って走れない。
個人技よりも、パスと連携が重要になる。
何より惹かれたのは、チームスポーツであること。
社会人になってから、新しいコミュニティに入れることそのものが心地よかった。
1人のスターが得点を量産して勝つ競技ではない。
全員が関わり、全員で崩す。
その構造が、コーフボールを強いチームスポーツにしている。
体力や年齢に合わせて、役割を見つけられる。
競技をやめなくていい。
続け方を変えればいい。
コーフボールは、そう教えてくれた。
コーフボールとは 男女が同じ条件で戦うチームスポーツ
コーフボールは、オランダ発祥の男女混合球技だ。
コートには男女それぞれ4人、計8人が立ち、男女別のマッチアップが原則となる。
ゴールは約3.5メートルと高く、バックボードはない。
ドリブルは禁止され、パスワークとポジショニングが勝敗を左右する。
1人のスターが試合を支配する競技ではない。
全員が関わり、全員で崩す。
その構造が、コーフボールを極めてチーム志向の強い競技にしている。
ビーチコーフボール 全力でできるもうひとつの選択肢

笹壁が主戦場とするのが、ビーチコーフボールだ。
基本的なルールはインドアと共通しつつ、砂の上で行うことで競技性は大きく変わる。
試合時間は6分ハーフ。
2点ゾーンが設けられ、遠距離からのシュートも戦術になる。
最大の特徴は、怪我のリスクが比較的低いこと。
急停止や強い切り返しが起きにくく、着地の衝撃も分散される。
前十字靭帯を3度断裂した笹壁にとって、
ビーチは怖さなく全力で動ける場所だった。
転んでも痛くない。
裸足で走り回れる。
競技としての真剣さと、ビーチ特有の開放感が共存している。
日本代表として、そして運営者として

競技人口がまだ多くないビーチコーフボールの中で声をかけられ、笹壁は日本代表として活動するようになった。
国際大会への遠征は、基本的に全額自己負担。ユニフォームのデザイン発注や細かな準備も、すべて自分たちで行う。
競技を続けること自体が、簡単ではない現実と向き合う日々だ。
それでも、代表として海外の舞台に立つ経験は、笹壁の価値観を大きく変えた。タイ、オーストラリアでプレーした経験、出会った海外の競技者。コーフボールと出会わなかったら、こんな経験はできなかった。
スポーツを通して、言葉や文化の壁を越えてつながる感覚。
それは、ただ旅行するだけでは決して味わえない体験だった。
世界は、思っていたよりも近かった。
遠い存在だと思っていた海外の選手や国々が、競技を通じて一気に身近な存在になる。
笹壁自身、その感覚を強く実感したという。
だからこそ今、選手としての強化以上に、将来的に実現したい目標がある。
それが、日本で国際大会を誘致し、開催することだ。
自分が味わった、世界が一気に近づくあの感覚を、もっと多くの人に届けたい。
競技者だけでなく、観る人、体験する人、関わるすべての人が、
スポーツを通して世界とつながる瞬間をつくりたいと考えている。
その思いから、笹壁は日本コーフボール協会の理事として、
ビーチコーフボールの普及や大会運営にも積極的に関わっている。
競技を続けるために。
そして、次の世代につなげるために。
世界を「遠いもの」から「身近なもの」に変える。
その挑戦は、今や選手としてだけでなく、運営者としての笹壁和佳奈を突き動かす原動力になっている。
怪我を知ったからこそ、今がある
怪我は、笹壁和佳奈から競技を奪ったわけではない。
むしろ、スポーツとの関わり方を広げた。
怪我を知ったから学んだ。
学んだから仕事を選んだ。
仕事を選んだから、コーフボールに出会えた。
競技者として。
支える側として。
そして広める人として。
怪我のないスポーツを増やしたい。
長く、楽しく続けられる選択肢を届けたい。
その挑戦は、ビーチの砂の上から、これからも広がっていく。
