中村 隆一郎(なかむら りゅういちろう)

全日本居合道連盟四国地区連盟所属。無双直伝英信流八段。祖父、父も居合道の指導者という環境で育ち、10歳から修練を始める。40年以上にわたり居合道を学び続け、現在は後進の指導や普及活動にも尽力。居合道を通じて、技術だけではなく人として成長することの大切さを伝えている。


刀を使う武道。

居合道と聞いて、私は正直その程度の知識しか持っていなかった。

刀を抜き、相手を斬る技術を磨くもの。

そんなイメージを抱きながら取材に臨んだ。

しかし、中村隆一郎の話を聞くうちに、その認識は大きく覆されることになる。

居合道の目的は人を斬ることではない。

むしろ、人を斬らなくて済む人間になることだという。

刀を抜かずして勝つ。

社会になくてはならない人になる。

その言葉は、武道の枠を超え、現代を生きる私たちの人生や仕事にも通じる深い学びだった。

戦国時代から400年以上受け継がれてきた居合道。

そして、その教えを次の世代へ伝え続ける中村。

今回の取材では、居合道という日本文化の奥深さと、その中に息づく挑戦の精神に触れることができた。


面白くなかった少年時代

中村が居合道を始めたのは10歳の頃。

祖父も父も居合道の先生だった。

物心がついた頃には刀を握らされていたという。

だが、最初から夢中だったわけではない。

むしろ反対だった。

当時の中村にとって、居合道は面白いものではなかった。

時代劇の主人公のように豪快に刀を振るう方が格好いい。

ところが居合道は違う。

無駄な動きを徹底的に削ぎ落としていく。

派手さはない。

見た目の華やかさもない。

少年時代の中村には、その魅力が理解できなかった。

それでも続けた。

やめるという選択肢がない環境だったこともある。

しかし、その積み重ねが後に大きな財産となる。


教える立場になって気づいた本当の価値

転機は六段を取得し、人に教える立場になった頃だった。

弟子から質問される。

なぜその角度なのか。

なぜその動きなのか。

なぜそうしなければならないのか。

答えられなかった。

形は知っている。

しかし、その意味を知らなかった。

そこで中村は改めて学び始める。

全国の先生方の教えに耳を傾け、祖父や父から受け継いだ言葉を思い返しながら、宗家の教えを軸に技の背景を探究していった。

流派には長い歴史の中で受け継がれてきた教えがある。だからこそ、自分の考えを勝手に付け加えるのではなく、先人たちが何を伝えようとしていたのかを理解することを大切にしてきた。

その積み重ねの中で、中村は居合道の本質へと近づいていった。

すると見えてきたものがあった。

居合道とは、単に刀を扱う技術ではないということだった。

なぜその動きをするのか。

なぜその形が受け継がれているのか。

そこには先人たちの知恵と哲学が込められていた。

居合道は技を覚えるものではない。

考え続けるものだった。


刀を抜かずして勝つ

取材の中で最も印象的だった言葉がある。

刀を抜かずして勝つ。

刀を扱う武道なのに、刀を抜かない。

一見すると矛盾しているように聞こえる。

しかし、それこそが無双直伝英信流が大切にしている考え方だという。

修練を重ねる。

自分を磨く。

周囲から信頼される人間になる。

社会に必要とされる存在になる。

そうなれば争いは起きない。

敵も作らない。

刀を抜く必要がなくなる。

それが本当の勝利だと教えられてきた。

居合道には活人剣という考え方がある。

人を傷つけるための殺人剣ではなく、人を活かすための剣である。

相手に敵意があると感じても、すぐに斬りかかるわけではない。

本当に相手が害意を持っているのか。

まだ争いを避ける余地はないのか。

居合道は最後まで対話や説得の可能性を探る。

だからこそ技も、決められた型をなぞるだけではない。

状況に応じて技を組み合わせ、変化させる。

こうでなければならないという発想ではなく、相手や状況に応じて変化自在に対応することが求められる。

中村は、そこに居合道が単なる武術ではなく人生の学びとして受け継がれてきた理由があると考えている。

中村は居合道で学んだ考え方を、仕事や人生にも重ねている。

うまくいかないことがあれば原因を考える。

試行錯誤を繰り返す。

改善を続ける。

その姿勢は、居合道の稽古とまったく同じだという。

だからこそ中村は、居合道を通じて世の中になくてはならない人になりなさいという教えを大切にしている。


スポーツとは少し違う武道の世界

居合道の世界には、スポーツとは異なる価値観がある。

もちろん技術は大切だ。

しかし、それだけではない。

全国大会には90歳を超える人も出場する。

視覚障がいのある人もいる。

酸素吸入器を使いながら演武する人もいる。

それでも評価される。

なぜなら居合道は、その人がどれだけ真剣に向き合ってきたかを大切にするからだ。

若さや体力だけが価値ではない。

人生をかけて挑戦し続ける姿勢に敬意が払われる。

だからこそ子どもから高齢者まで続けられる。

だからこそ人生を通して学び続けられる。

それが居合道の魅力なのだろう。


400年以上受け継がれる挑戦

無双直伝英信流の歴史は戦国時代に始まる。

流祖・林崎甚助重信から受け継がれた技と教えは、長い年月を経て現在まで伝承されてきた。

戦場で生まれた技は、江戸時代になると日常生活に合わせて進化した。

家の中で敵と遭遇したらどうするか。

階段で襲われたらどうするか。

暗闇の中でどう身を守るか。

時代に合わせて技も変化してきた。

それでも変わらないものがある。

人として成長するという目的だ。

中村自身も、流派の教えを守りながら、自分なりの解釈を深め、それを次の世代へ伝えようとしている。

それは伝統を守る挑戦であり、人を育てる挑戦でもある。


刀を抜かずして勝つという生き方

取材前の私は、居合道を刀を扱う武道だと思っていた。

もちろん、それは間違いではない。

しかし取材後の今は、少し違う見方をしている。

居合道とは、自分自身と向き合い続けるための道だ。

技を磨くためではなく、人を磨くための修練。

勝つためではなく、争わずに生きるための学び。

中村が40年以上向き合い続けてきた居合道には、現代社会で失われつつある大切な価値観が詰まっていた。

社会になくてはならない人になる。

その教えは、子どもにも、大人にも、そして私自身にも深く響いた。

刀を抜かずして勝つ。

戦国時代から受け継がれてきたその言葉は、これからも多くの人の人生を支える指針になっていくのだろう。

全日本居合道連盟 四国地区居合道連盟