
尾田 緩奈 (おだ かんな)
大阪府出身、幼い頃からサッカーに熱中し、中学では単身神村学園中等部へ。年代別代表にも選ばれなでしこリーグでプレー。2019年からオーストラリアでプロ選手として活動するもコロナの影響で引退。
その後「ボールを蹴らない生活は耐えられない」と競技フットサルを始め、2024年より日本女子フットサルリーグの強豪である立川アスレティックFCレディースに所属。株式会社SUN LOTUSの代表を勤める。
──尾田緩奈が歩んだ、ピッチとビジネスの二刀流人生
「挑戦って、怖いけど、それがないと私じゃないんです。」
そう語るのは、現在、日本女子フットサルリーグ・立川アスレティックFCレディースでプレーする傍ら、営業会社の社長としても奮闘する尾田緩奈。サッカー一筋で育ち、なでしこリーグ、海外リーグを経て、今はフットサルとビジネスの“二刀流”として前進を続けている。
挑戦を恐れず、常に新しい舞台へと自らを投じてきた彼女の歩みは、まさに「挑戦」の連続だった。
少女時代──負けず嫌いな性格と、早朝練習の日々

尾田がボールを蹴り始めたのは、兄の影響がきっかけだった。「兄がサッカーを始めたので、私もついて行って遊びで蹴ってたんです。でも、気づいたら私の方が真剣になっていて(笑)。負けず嫌いなんですよね。」
小学校3年生の頃には、毎朝5時半に起きて自主練をするように。周囲がまだ眠る中、「誰よりもうまくなりたい」と願いながら、ひたすらボールを追った。
その情熱はやがて、全国屈指の強豪・神村学園中等部への進学という大きな一歩を後押しする。両親を説得し、鹿児島の寮に入った中学生時代。「全国制覇を2回経験できたし、日本代表にも選ばれて。毎日が刺激的でした。」
高校、大学、なでしこ──順風満帆に見えた先にあった壁

そのまま神村学園高等部へ進学。女子サッカー界では知られた名門校で、着実にステップを重ねていく。
大学は静岡産業大学に進み、なでしこリーグへの道を切り開く。2011年、なでしこジャパンがW杯を制覇したあの年。日本中が女子サッカーに注目し始めたその渦中に、尾田もまたなでしこジャパンを目指してプレーしていた。
「U-23日本代表にも選ばれましたし、なでしこリーグの伊賀FCくの一や岡山湯郷Belleでプレーして、でも……正直、突き抜けた存在にはなれなかった。」
実力はある。努力もしている。それでも、代表に定着するような“絶対的な存在”にはなれない──そんな現実に、苦しんだ。
海外挑戦、そしてパンデミックによる無念の帰国
環境を変えたいという思いが募り、かねてから憧れていた海外へと視線を向けた。選んだのはオーストラリア。競技レベルは日本よりやや劣るとされるが、選手へのリスペクトや環境の整備には目を見張るものがあった。
「生活としてサッカーが根付いていて、すごく居心地が良かったです。」
しかし、順調な挑戦は、新型コロナウイルスの世界的流行によって突如中断を余儀なくされる。帰国を決断した尾田は、再渡航を望みつつも、その夢は叶わずチームを退団。
「悔しかったですね。やっと見つけた“自分の場所”がなくなった感じで。」
フットサルとの出会い──甘く見ていた“別競技”に魅了される

日本へ戻ってからは、進路に悩んだ。九州、大阪、静岡──様々な可能性を考えた末、選んだのは東京。「社会人経験が全くなかったから、まずは働かないとと思って。」
その一方で、ボールを蹴らない日はなかった。体を動かしたくて、軽い気持ちで始めたのがフットサルだった。
「正直、最初は舐めてました。でもすぐにわかりました。これは、サッカーとは全く違う競技だって。」
限られたスペースと時間の中で求められる、瞬間的な判断力と技術。次第にその奥深さに惹かれていった尾田は、関東リーグに所属していたシュートアニージャに入団し、再び競技の世界へ。
起業という新たな挑戦──“サッカーしか知らなかった自分”だからこそ

プレイヤーとしての挑戦と並行して、彼女はビジネスの世界にも飛び込んでいた。立ち上げたのは、営業代行業を軸にしたベンチャー企業「SUN LOTUS」。
「自分はサッカーしかしてこなかった。でも、だからこそ“違うフィールド”でも挑戦したいと思ったんです。」
現在は、都内に5拠点を展開し、コールセンター営業や商業施設でのプロモーション支援など多角的に事業を展開。さらに、アパレルブランド「SEVENF.」の運営、合同会社GoBuildの役員も務める。
スタッフには、かつてスポーツに打ち込んでいた人たちが多い。「引退して就職したけど、自分らしくいられない──そんな葛藤を抱えていた人が、うちを見つけて来てくれるんです。」
「挑戦し続けることで、私は私でいられる」

フットサル選手としての成長。会社の拡大。新たな事業展開。尾田緩奈の“挑戦”は、これからも終わらない。アニージャ湘南は2023年から日本女子フットサルリーグに参入。2024年に尾田自身はより高みを目指して立川アスレティックFCレディースに移籍。
「挑戦には、痛みも不安もある。でも、その先にしか“本当の自分の居場所”はないと思っています。」
ピッチとビジネスの間を全力で駆け抜ける彼女の姿は、同じように何かに挑もうとするすべての人に、大きな勇気を与えてくれる。
取材協力・画像提供 立川アスレティックFC 株式会社SUN LOTUS