
原口 凛(はらぐち りん)
1999年神奈川県横浜市生まれ。小学2年生で出場した持久走大会で1位を獲得し、走る楽しさに目覚める。中学・高校で陸上競技に取り組み、武相高校時代は八種競技でインターハイ2位。国士舘大学では十種競技に挑み、アジアジュニア3位、日本選手権6位の実績を残す。大学卒業後は一度競技を離れ就職するが、再び競技への情熱が芽生え、大松運輸のアスリート採用制度に応募。現在は社会人アスリートとして働きながら十種競技で日本代表を目指している。
競技から離れた自分と、ふたたび走り出す自分
走ることが好きになったのは、小学2年生のとき。持久走大会で1位になったその瞬間の「やった!」という喜びは、今でも鮮明に覚えている。
「自分、走るの得意かも」
それがすべての始まりだった。家族の移動手段はいつも自転車。何キロも自転車で走って出かけるのが当たり前の家庭で、自然と脚力が鍛えられていたのかもしれない。
中学では1500mや3000mを中心に走りながら、「もっと幅広い種目をやってみたい」と思うようになった。そして出会ったのが「四種競技」。走る、跳ぶ、投げる──単一の能力ではなく、複合的な力が試される競技に、自分の性格がフィットした。
高校は八種競技ができる武相高校へ。インターハイでは2年で全国8位、3年では全国2位の成績を残す。そして国士舘大学ではいよいよ「十種競技」へ。競技者としての道をひた走った。
だが、大学卒業を前にして「この先、どうするか」を考えたとき、一度は陸上を離れる決断をした。
「陸上は一区切りにしよう。自分には、もう十分すぎるくらいの経験があるって」
そう思って一般企業に就職し、社会人としての日々を歩み始めた。早朝に家を出て満員電車に揺られ、デスクに向かって働く。けれど、何かがずっと胸の奥で燻っていた。
それに気づいたのは、妹の試合を応援しに行ったときだった。
「競技場の空気、選手の表情、スタート前の緊張感……すべてが懐かしくて。気づいたら“またやりたい”って、心が動いていたんです」
社会人でも、アスリートでいられる場所がある

「もう一度、本気で競技をやってみたい」
そう思ったとき、すぐに「でも、どうやって?」という現実に直面した。競技に専念するには生活が必要。仕事を持ちつつ、トレーニングに集中する時間も必要。理想的な環境なんて、そう簡単に見つかるはずがない。
そんな中で知ったのが、大松運輸のアスリート採用制度だった。
「最初に知ったとき、“本当にそんな会社あるの?”って思いました。時間をもらえる? 給与も出る? しかも競技を理解してくれる?──まさに自分が探していた環境でした」
面接では自分の競技歴やこれからの目標を話した。そして、2023年。原口は大松運輸の一員として新たなスタートを切った。
仕事内容は、朝6時に出社し、ユニットバスなどの建築資材を積み込み、住宅建設現場へ届ける業務。配送を終えたら、その足で競技場へ向かい、9時からトレーニングを開始。午後までしっかりと練習に取り組み、15時ごろ会社に戻って車両を返却。あとは帰宅して身体を休める。
「勤務時間が短くても、“やることをしっかり終えてから練習に向かえる”というのが大きい。メリハリがつくし、社会人としても責任を果たしているという実感がある」
お荷物じゃない。自分の存在にもちゃんと役割がある。そう思える職場での働き方が、競技へのモチベーションをより高めてくれている。
十種競技の“十の顔”と、自分との戦い

十種競技とは、二日間にわたって行われる陸上の複合競技である。
1日目:100m、走幅跳、砲丸投、走高跳、400m
2日目:110mハードル、円盤投、棒高跳、やり投、1500m
スピード、跳躍力、パワー、持久力、そして技術。人間のあらゆる身体能力が求められる。
「極端に言えば、100mのスプリンターと1500mの中距離走者が同じ人間の中に共存しているような感じです。そのうえで投げたり跳んだり……。一言で言えば“ずっと苦しい”競技ですね(笑)」
その一方で、すべての種目がまったく違う筋肉や神経を使うため、どこかひとつを鍛えると別の場所が弱くなる、というジレンマもある。理想は“すべてを高い水準で保つ”ことだが、それがどれほど難しいかは、実際にやった者にしかわからない。
「やりがいしかないです。課題が常に10個あって、それを一つずつクリアしていく感覚が、たまらないんです」
次に目指すのは、日本代表という高い壁
現在の原口の目標は、十種競技の日本代表に選ばれること。代表に選ばれるのは基本的に2名。競技人口は決して多くないが、その中でトップに立つには、並々ならぬ実力と安定感が必要とされる。
「自分に足りないのは投擲種目のパワーと技術。そして、1500mのラストスパートの粘り。課題は明確です。だからやるべきことも見えている」
大学時代のように時間が潤沢にあるわけではない。限られた時間の中で、いかに効率よく、質の高い練習を積み重ねるか──社会人アスリートだからこそ、時間の使い方にも研ぎ澄まされた意識が求められる。
「働きながら競技を続けるって、大変だけど、すごく張り合いがある。日常がダラけない。毎日が“自分との勝負”なんです」
「支えてもらえる場所」がある強さ

アスリートにとって最も心強いのは、環境に対する“安心感”だと原口は言う。
「たとえば試合があるとき、会社が“行ってこい、頑張れよ”って送り出してくれる。それってすごく大きなことなんですよ」
一人の選手としてだけでなく、一人の社会人として、仲間として見てもらえること。そのことが、支えになっている。
「自分ひとりで戻ってこられたわけじゃない。妹の姿、大松運輸という場所、支えてくれる人たちがいたから、今こうしてまた挑戦できている」
原口凛の挑戦は、まだ始まったばかりだ。けれど、その歩みは確かで、力強い。
十種という十のステージで、今日も彼は、自分のすべてをぶつけている。